第二章 魔族の子
                   氷高颯矢

 森を抜けるとそこは小さな村だった。
 山並みの続くこの辺りで町に辿り着けるとは思えなかった。
 地図には町という表記がされていたが、それが偽りである事は旅慣れたリュートには予想できていた。
「町…というよりは、村みたいだね…」
「残念そうだな」
「そんな事ないよ。ただ、地図に載ってるのとは違うんだなぁ…って」
 ティリスはがっかりしたようだが、すぐに気持ちを切り替えた。
 例え小さな村でも、無いよりはある方が良い――それは旅をして得た教訓のようなものだ。
 入り口付近まで来た所で、リュートはふと、足を止めた。
「よくもウチの畑を荒らしてくれたなー!」
「ウチの犬小屋壊したのもアンタでしょ!」
 それは子供の声だった。非難するような言葉を次々に投げかけている。
 その対象はというと、束縛され、木でできた檻のような物に入れられた少年――ふと、見上げた瞳にリュートは同じ光を見付けた。
「リュート!」
 気付いたティリスがリュートに同意を求める。
「放って置けば良い…」
 リュートの口から出た言葉はティリスの想像していたものとは違い、冷たかった。
「放って置けって…可哀想じゃない!あの子イジめられてるのよ!?」
「おい…ティリス!」
 ティリスはすでに駆け出していた。
 こうなると、もはやリュートはティリスを引き止める事はできない。
 ため息をつきながら仕方なく後に続いた。
「何やってんのよ!寄って集って弱い者苛めして!」
 急に現れたティリスを見て子供達は驚いていた。
 単に止めに入っただけならこんな反応はない。
 子供達が驚いたのはティリスの髪の色にだった。
 ティリスの髪は青、空色だった。人間の中でこんな色をした髪を持つのはごく稀な事である。
 まして、知識の乏しい子供なら戸惑いを感じても無理はない。
「コイツは悪い魔族なんだぞ!」
 子供は少し震えながらも自分たちの正当性を証明しようと噛み付いた。
「えっ!?」
 ティリスは言葉を失った。
 檻の中の少年に視線を落とす。
 少年の肌は褐色、ほとんど上半身は露出していて、傷だらけだった。
 足には足枷と共に罠の一部と思われる金属製の刃のついた輪が嵌まっていた。鮮血が痛々しい。
「助けてよ、お姉ちゃん…」
 絞り出すようなその声は哀願に近く、その瞳はじっと助けを求める様にティリスを見ていた。
「魔族でも…こんな子供なのよ?傷だらけじゃない…。」
「人間のくせに、魔族を庇うのかよ!」
「捕まえた上に、こんな酷い事…人間とか、魔族とか、そんな事以前に許される行為じゃないわ!」
 ティリスの言葉はその場に大きく響いた。
「…帰ろうぜ」
「帰ろ…」
 子供達は呆気に取られ、怒る気持ちを無くして帰っていった。
 ティリスは檻の鍵を外すと、中から少年を出してやる。
「――痛っ!」
 足枷と罠の名残を外してやると、足の傷が痛むのか苦しげに顔を歪める。
「大丈夫?改めて見ると酷い怪我ね…あ、動かないで。…《ヒーリア》」
 ティリスの手から淡く温かい光が発せられる。
 傷口に触れると、痛みが解け、やがて血は止まり、傷口も見る見るうちに治っていった。
「…ありが…とう…」
 警戒しているのかぎこちなく言葉を発する。
「回復魔法をかけただけよ。もう安心しても良いの。怖がらないで?」
 その言葉に少年は頷く。
「どうして、貴方は捕まっていたの?」
「…僕、一人ぼっちなんだ。気が付いた時から…ずっと…ずっと…。
だから、寂しくて…誰でも良いから、構って欲しくて…村の人達に、イタズラばかりしてたんだ…」
 ぽつりぽつりと語られるその声はだんだんと震え、瞳は涙で滲み始める。
「そう…」
「でも、やればやる程、みんな僕の事を嫌いになっていく…」
「イタズラは良くない事よ?」
「うん…でも、そうでもしないと、誰も僕に気付いてくれない…」
 少年は俯いて口を閉ざす。ティリスは優しく語りかけた。
「分かる…分かるよ…。ただ、間違っちゃったんだね?
ううん、貴方は知らなかったんだね?人間は…誰かを愛して初めて、自分が愛されてる事に気が付くの。
愛には、愛を持って応えなきゃ。愛してもらおうなんて考えるより、まずは、愛する事から始めるの。
愛を持って接すれば、その想いはきっと、誰かに届くから」
「ホントに?」
 パッと少年が顔を上げる。
「勿論!」
 ティリスはとびっきりの笑顔で答える。
「じゃあ、お姉ちゃんの事好きになっても良い?」
「うん、いいよ。あたしはティリス!ティリスっていうの」
「僕…僕はラクウェス…」
「良い名前ね」
 ラクウェスは嬉しそうに微笑む。
「…あのっ、あのね…。あした、明日も居る?…ココに居てくれる?」
 期待の眼差し。
「うん、いいよ。二、三日はこの辺りに居ると思う」
「じゃあ、明日も会える?」
「いいよね?リュート」
 ティリスはリュートの方を振り返る。
「…好きにすればいい」
 リュートは渋い、複雑な表情をしていた。
 いつもの仏頂面だろうとティリスは勝手に解釈した。
「いいって!」
「ありがとう、ティリスお姉ちゃん!」
 ラクウェスは手を振りながら森へと戻っていった。

「すごく喜んでたね、あの子」
 ティリスは嬉しそうに歩いている。
「あまり関るな…」
 リュートは不機嫌そうにそう言った。
「どうして?さっきからリュート、冷たいよ?」
 不思議そうにティリスはリュートを見た。
「俺は元からこんなものだ」
 そう言う口元がきつく引き結ばれて、眉間には皺が寄っていた。
 不機嫌というより、何かに腹を立てて起こっている状態に近かった。
「何で怒ってるの?」
「怒ってない!」
「怒ってる!」
 堂々巡りになりそうな展開をリュートは斬り捨てた。
「――くだらない。今日はこの村で宿を取るんだろ?」
「リュート!」
 はぐらかされたのが逆にティリスの気持ちを煽る。
「俺はもう寝る」
 宿に入ると二人別々の部屋を選んでさっさと前金を払って部屋に入ってしまう。
 取り残されたティリスもこれ以上受付で留まっていても仕方が無いと判断してリュートの用意した部屋に上がった。
「何よ…リュートのバカ…本当は怒ってるくせに…」

 食事は食堂の方で食べた。もしかして現れるかと期待したが、リュートは現れなかった。食事は部屋で済ませたらしい。
 夜も更けた頃、ティリスはリュートを訪ねた。ドアを軽くノックする。
返事が無い。
「リュート…まだ、怒ってる?」
 扉越しに話しかける。だが、その扉を開けようとは思わなかった。
 固く閉ざされた扉は彼の心を映しているかのようで…、正直、開けるのが怖かった。
 拒否されているように思えたからだ。
「あたしが勝手な事したから怒ってるんだよね?でもね…。
あたしには、あの子が、ラクウェスが…幼い頃のリュートに見えたんだ…。
そう思うと、どうしても…動かずには、いられなかったの…」
「……」
 返答は無い。
「リュート…寝てるの?ねぇ…。おやすみ、リュート…」
 ティリスはそっと自分の部屋に戻っていった。
 扉の向こう、背中合わせに立っていたリュートは遠ざかる靴音を聞きながら小さな声で呟いた。
「おやすみ…ティリス」

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